濱田庄司記念益子参考館
人間国宝・濱田庄司の創造の糧となった収集品を展示
人間国宝に「負けた」と思わせた作品たち
陶芸の町・益子において最も代表的な陶芸家、濱田庄司。1894年(明治27)に神奈川県川崎市に生まれ、1920年(大正9)、イギリス人陶芸家で親友のバーナード・リーチとともに渡英し、イギリスで陶芸家としての道をスタートさせた。イギリスで暮らしていた田舎の環境を気に入り、その3年後に帰国した際に益子に移住。その後沖縄にも長く滞在した時期があったものの、1926年(大正15)まで、この地を生活と作陶の場としていたそう。その間、民藝運動の主導者としても活躍し、1955年(昭和30)には重要無形文化財保持者=人間国宝に認定されている。
多くの後進に影響を与えながら、自身が熱烈な収集家でもあった濱田庄司。ここで展示されているのは、彼が世界各地を旅しながら、自身が「負けた」と感じたときの記念として収集したもの。陶器はもちろん磁器や漆器、木工や家具、染めものにいたるまで、自身の創作の糧として身近に置いていたその暮らしぶりがうかがえる。
数々の名作と後進を世に送り出した空間
濱田庄司の収集家ぶりは工芸品にとどまらず、時には気に入った家までも所有。現在「陶芸メッセ・益子」で展示されている「旧濱田庄司邸」は、彼が最初に母屋として近隣から移築した建物になる。ほかにも多くの建物を邸内に移築し、訪問客のためのゲストハウスとして、あるいは作陶の場として活用した。この敷地内にある「益子参考館細工場(さいくば)」は、明治初期建築の製陶作業場だった建物を1941年(昭和16)に移築し、みずからと弟子の作陶の場としたもの。町内にある細工場のなかで最も初期の形式を色濃く残した製陶場だ。通称「上ん台」と呼ばれている4号館は、江戸時代末期の庄屋建築をベースに濱田がリフォームしたもので、濱田庄司の最も大きな収集品。彼やその家族が実際に使用していた家具やヨーロッパの収集品を当時の雰囲気そのままに展示し、その暮らしを想像できる空間となっている。
8室ある圧巻の登り窯
4号館の奥では濱田庄司が使用していた登り窯と赤絵窯を展示。いちばん古いものは1943年(昭和18)に築窯され、東日本大震災で一部が倒壊したが、その2年後に再建されている。2015年(平成27)には「濱田庄司登り窯復活プロジェクト」として益子の陶芸家がこの登り窯で窯焼きを行い、その後は笠間焼の陶芸家や窯元との交流を深める場にもなった。まさしく、益子における創造の源として今に息づいている。
スポット詳細
- 住所
- 栃木県芳賀郡益子町益子3388 地図
- エリア
- 益子エリア
- 電話番号
- 0285725300
- 時間
- 9:30-17:00(入館は16:30まで)
- 休業日
- 月(祝の場合は翌日)、年末年始、展示替え(年2回)
- 料金
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【入館料】
[大人]1,000円(900円)
[子供(中学生・高校生)]500円(400円)
[小学生以下]無料
[障害者とその介護者1名]800円
[年間パスポート]2,500円
※()内は20名以上の団体料金 - 駐車場
- あり(30台)
- クレジットカード
- 不可
- 電子マネー/スマートフォン決済
- 不可
- Wi-Fi
- あり(公衆無線LAN)
- コンセント口
- なし
- 喫煙
- 可
- ペットの入店
- 可(展示館内は不可。屋外のみ。混雑時はご遠慮ください。)
情報提供: ナビタイムジャパン
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クチコミ
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- 日本の陶器
- 日本だけじゃなく色々な国の陶器が見える。そして、それを作る所もある。でも、見ることだけじゃなく直接作る体験もあれば良かったかな。
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- 雰囲気があります”濱田庄司記念 益子参考館”
- 何べん来ても飽きないところですね。かの人間国宝が座って蹴ろくろを回していた板の間があり、その姿が想像できました。
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- 陶芸好きには必見の、陶芸家濱田庄司の旧宅
- 益子に住んでいた人間国宝にも認定されていた日本を代表する陶芸家だった濱田庄司さんの旧宅が公開されていて、本人自ら自らが長い時間をかけて蒐集した陶磁器、漆器、木工、金工、家具、染織、その他の工芸品などを展示しています。敷地内には登り窯もあって陶芸好きの方には必見。もしこの中心部からは少し離れたところにあって入館料は800円。月曜日が休館日になっています。
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