大山寺 本堂
奈良時代に開創、山岳仏教の修験場として隆盛を誇った古刹
山岳信仰の修行道場として栄えた
中国地方の最高峰大山の山頂に現れる地蔵菩薩は現世の苦しみから万物を救うとされ、古くから信仰の対象となってきた。亡くなった人の霊が集い、生前の着物を持参すれば会えるとも伝わる。大山寺は、その中腹にある古刹で、山岳信仰に帰依する修験道の修行道場として栄えたところ。開創は、奈良時代の718年(養老2)。地蔵菩薩を祀り、修験道場として開かれて、平安時代の860年(貞観7)に慈覚大師により天台宗の寺に。山岳信仰の仏教化が進むのにともなって寺院が増え、日本臨済宗の開祖で中国から日本に喫茶の風習を伝えた栄西(えいさい)も平安末期に修業したことがある。江戸幕府から3000余石寺領を許され、比叡山や高野山にも劣らない隆盛を誇ったというが、明治初期の神仏分離をきっかけに衰退し、現在は「本堂」「阿弥陀堂」など4つの参拝堂が残る。
国指定重要文化財をじっくり鑑賞しよう
「本堂」は1928年(昭和3)に一度焼失、1951年(昭和26)に再建されたもので、本尊は地蔵菩薩。そこから歩いて約15分のところにある「阿弥陀堂」は、慈覚大師の創建と伝えられる室町期の建築で国指定の重要文化財になっている。阿弥陀堂内に安置されている「阿弥陀三尊」は、1131年(天承元)に大仏師良円によって作られたもので、3体とも国の重要文化財に指定されている。なかでも、「阿弥陀如来」は平安時代を代表する大作。ほかに護摩堂、山門、宝物館の霊宝閣があり、「霊宝閣」には、国指定重要文化財の観音像四躰・鉄製厨子などを展示している。3年に1度、5月の春季大祭に開催される御幸(みゆき)は、平安時代に始まったといわれる大山寺の祈願法要。古の装束をまとった男たち、きらびやかな御輿が王朝絵巻のように参道を練り歩く。地元の人からは「大山さん」と呼ばれ親しまれている。
牛馬の安全を祈願する
大山の広大な山裾で牛や馬の放牧が盛んだったため、大山寺は牛馬の安全を祈願する守り札を配った。そのため遠方からも牛馬を連れた参詣者が集うようになり、これが江戸時代になって交換や売買を行う市に発展したという。江戸時代中頃になると、大山寺が積極的に牛馬市の経営に乗り出し、市は大山寺境内の下にある博労座で大山寺の春季大祭にあわせて開催されるようになった。大山寺が、日本遺産「地蔵信仰が育んだ日本最大の大山牛馬市」の構成文化財となっている背景である。本堂近くにある「宝牛」は、牛の霊を慰めるため、鼻ぐりの銅で鋳造された牛の銅像。別名を「撫牛」ともいい、1つの願いだけを心に念じてなでると願いを叶えてもらえるとされる。2018年(平成30)には、大山寺参道に大山町産の紅茶や小麦を使ったパンなどを提供するカフェ、休憩所などを備える商業施設「大山参道市場」がオープンしている。
スポット詳細
- 住所
- 鳥取県西伯郡大山町大山9 地図
- エリア
- 大山エリア
- 電話番号
- 0859522158
- 時間
- 9:00-16:00(季節により変更あり)
- 休業日
-
不定休
[宝物館霊宝閣]12/1-3/31 - 料金
- [拝観料]志納300円(宝物館霊宝閣含む)
- 駐車場
- あり(400台)
- クレジットカード
- 不可
- 電子マネー/スマートフォン決済
- 不可
- Wi-Fi
- あり
- コンセント口
- なし
- 喫煙
- 可
情報提供: ナビタイムジャパン
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クチコミ
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- 荘厳な雰囲気
- 大山の夏山登山口から少し登ったところにある。古い石段を登った先にあるお堂は荘厳な雰囲気に包まれている。あたりは杉の巨木が立ちならび、いかにも霊場という感じ。かつては更に多くの堂宇があったらしい。
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- 杉並木の参道が素敵です
- 蒜山高原から大山寺に向かう途中、大山寺の支院である圓流院と、阿弥陀堂に立ち寄ってみました。まず始めに訪れた圓流院からは、杉の大木が素敵な参道を登っていきます。その参道が、風情があって、とてもいい感じでした。ちょっと寂れた感じのお堂も素敵なたたずまいでした。
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- 杉の大木が連なる参道を上った先に清楚なたたずまいの阿弥陀堂が
- 大山寺に向かう途中、大山寺の南側に建つ圓流院とこちらの阿弥陀堂を訪ねました。圓流院の少し下の方に、舗装していない、数台の車を停めることができる駐車場を見つけ、そこに車を停めました。 圓流院からは、杉の大木が連なっている参道を上っていきます。ゆるやかな傾斜の階段が続いている参道を上りきると阿弥陀堂がありました。森の中のお堂は、とても清楚なたたずまいに感じました。
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